森田 修治さん(第5期・卒業生)

環境への思いと家族の応援が、農業の道をひらいた
■ 環境問題への関心が芽生えた学生時代
森田さんの原点は中学時代までさかのぼる。学校帰りにゴミ拾いをしたり、タイヤのような大きなものまで持って帰ってくる子どもだった。 「道をきれいにすることは“良いこと”だと思っていたんです。リサイクルにも興味がありました」
高校では割りばし回収プロジェクトを企画実践し、大学時代には卒業生の不要家具を新入生に橋渡しするリサイクルプロフェクトを立ち上げたり、温暖化実態調査としてフィジーへ行ったり、長野のレタス農家で短期アルバイトを経験したり。「今思えば全部つながっていた」と振り返る。
■ 海外で経験を積んだ大手製紙会社勤務時代
卒業後に選んだのは大手製紙会社だった。紙は植林や古紙回収によって循環するサステナブルな素材であり、プラスチックを紙に代替する技術の開発など、自身の環境への関心と合致する仕事だった。会社では希望どおり中国での業務に多く携わることになり、10年以上にわたる中国駐在生活では家族も帯同。現地ならではの多種多様な価値観に触れられたことは、貴重な経験となったという。この頃、会社の同期が有機農家へと転身し、現在も尚、第一線で活躍している。後に自身が農業の道を選ぶことを思えば、この出来事もまた一つの伏線だったのかもしれない。現在もお互い農家として交流を続けているそうだ。
■ コロナ禍、今がタイミングと感じた
コロナ禍、中国で働く中で時代の変化を感じ、もともと、いつかやってみたいと思っていた農業、そのタイミングは今だと転職を決めた。 海外で暮らす事で実感した「日本の魅力」そして「環境問題への感心」それらもすべて農業に繋がってくる。 また、手に職をつけたいという思いも「農業を学ぶ」ことへの後押しとなった。 思い立ったが吉日。帰国できる限られた日数で学校の現地説明会に参加し、住まいも車も一気に整えた。 「学校のスタッフの方や丹波市の担当者の対応が丁寧で親身になってくれた時、 “ここだ”と思ったんです」 その後、両親も含めた家族全員がこの決断を引き留めることなく、前向きに応援してくれたことが何より最終決断につながった。

ビーツ、葉つきニンジンの出荷調整中
自身の大好物・パクチーもお客様に人気だ
緑肥・ソルゴーと共に写る森田さん
■学校で得たもの
「理念をつくる授業」が、特に印象に残っていると森田さんは振り返る。 「なぜ農業をするのか」を自分自身に問い続け、徹底的に掘り下げた時間は、在学中のかけがえのない財産となった。 その学びは、感謝祭やマルシェ出店といった場を通して、少しずつ実を結んでいく。 チラシやプレゼンテーションを用いて自身の農業ビジョンを伝える中で、思いを言葉にし、形にして届ける手応えを感じるようになっていった。 そんな中、農の学校の先輩農家である古谷さんが、学校給食へ出荷していることを知る。その姿に背中を押され、 「自分にもできる」と感じ、行動へと踏み出した。そんな甲斐もあって、森田さん自身も学校給食への提供を実現させている。
■就農理念
森田さんが掲げるテーマは壮大だ。 「持続可能で、紛争のない世界を目指す」 一見大きすぎるように聞こえるが、農業は社会を変える力を持つと確信している。 現在は野菜セット、農業体験、中国野菜(パクチーなど)を中心に挑戦中だ。 「田んぼでラグビーW杯、AIロボットと有機栽培を実現する、月で農業…… そんな“未来の農業”も、いつか実現できるかもしれませんね」 森田さんの視線の先には、地球と家族、そして未来へつながるまっすぐな希望がある。